NSX クラッチ交換のあれこれ・・マニアックです。
こんにちは。
KSPファクトリーは
相変わらずNSX作業がメインで
日々いろいろな作業をしていますが
ここ最近になってやっと
預かりの台数が減りました。
今年は平成3年車の車検年じゃないんだけど
それでも
車検がらみの整備依頼は多かったです。
で、先日
車検で入庫したNA1のType-Rがあってクラッチを踏んでみると
かなりペダルが重いよな・・と思って
納車時に、「緊急性はないけどペダルがだいぶ重いしおそらくは
クラッチの残量が残量で半分以下だとおもうから
近い将来 クラッチのOHを覚悟した方が良いですよ」
と伝えたところ
これが正常なペダルの重さじゃないんですか?
クラッチが減るとペダルが重くなるんですか?
と言う話が出たので操作が重くなってくる理屈を説明し
なるほどでは、是非クラッチのOHを依頼します。
と言う話になって作業したんですが良い機会だし
写真撮りながら作業してみたので紹介します。
またあらためてクラッチに関する情報ページでも作ってみたいと思ってます。
NSXはNA1全車とNA2のSゼロ&Type-Rでツインプレートクラッチが採用されています。
これは直径の小さいクラッチ板を2枚使うことで
クラッチディスクの慣性を少なく抑えつつ
伝達力を稼ぐのが目的だと思いますが
市販車で乾式ツインプレートクラッチを
純正で使っているのは極めて珍しいことです。
NA2の6速に標準採用されているのは
直径の大きなシングルクラッチなんだけど
今回 これの話は割愛します。
(ホントは このシングルクラッチも面白い構造なんです)
で、クラッチが減ると
なぜペダル操作が重くなるのか?
まず
今回のNA1-Rは
走行距離で65000キロほど。
過去にクラッチ交換歴は無く
この走行距離がそのままクラッチを使用した期間になります。
いままで見てきた経験で
走行距離とクラッチ消耗の関係は
荒く扱う消耗が激しい人で2万キロくらい
渋滞路を含めて普通に走る人で5~6万キロ
穏やかに走る人で高速巡航みたいな条件が多いと10万キロ弱
といった感じで
ホントにバラバラで距離での予想は難しい。
でも、5万キロ近辺を目安にするのが良いと思います。
今回のNSX-Rは
ペダルの操作は
だいぶ重くなっているけれど
操作に渋さや引っかかりはなく
上手に使えば
まだ あと3万キロくらいは普通に走れると思ったんだけど
新品コンディションを体験してみたいというオーナーの希望もあって
OHすることにした次第です。
早速ミッションを降ろし
クラッチを分解してみると
なるほど
クラッチ板はそれなりに減っているけれど
危険領域では無い。
だけど
クラッチディスクのダンパースプリング部分はかなり錆びている。
これは
いくら大事に乗っていても
鉄が錆びるのはなかなか避けられません。
この錆が進行して
スプリングがボロッと外れたりすると
クラッチの中でバネが暴れて挟まれてクラッチが切れなくなり
ギアが入らなくなって立ち往生・・ということになります。
そこまで行くのは珍しいトラブルだけど
NSXでバネ外れは 過去数件見た事があります。
それから
フライホイルやミッドプレートなどの
ディスクとの摩擦面が段付きに焼けています。
これはNSXでは非常に多い現象で
摩擦板であるクラッチディスクも減るんだけど
相手の鉄部品であるフライホイルなども減るんです。
おそらく
純正クラッチ板の素材というのが
摩擦係数が高く かなり攻撃性が高い素材なんだと思う。
たとえば
日産のクラッチなんか
純正クラッチ板を使っていれば
フライホイルなんかほとんど減らない一生物なんです。
だけど
NSXでは小型のディスクで大きな低速トルクを伝えるため
摩擦係数が高いディスクを使っているんじゃないかと思う。
だから
普通のクルマなら
クラッチが減ったらディスクだけ交換すれば復活 なんだけど
NSXでは
場合によってはフライホイルやカバーなども含めて
Assy交換を迫られます。
今回のレベルだと
ディスク交換だけすれば十分復活できるレベルだったんだけど
オーナーは
新車コンディションを体験したいというわけだったから
フライホイルを含めてAssy交換することにしました。
ちなみに
摩耗がもっと進行しているんだけど
費用を抑えるためにクラッチ板だけの交換で済ませたこともあるんだけど
やはり
クラッチミートで軽いジャダーが出たり
新品フィーリングには及ばなくなります。
外したクラッチ板の厚みを測ってみると
ミッション側の1stディスクが6.8ミリ
フライホイル側の2ndディスクが7.3ミリ
新品クラッチ板を測ってみると
1stディスクが8.6ミリ 2ndディスクが8ミリ
整備書による限度値は
1stディスクが5.9ミリ 2ndディスクが5.4ミリ。
2ndディスクはまだまだだけど
1stディスクは半分以下
やはり
残量としては限度値まで50%くらいでしょうか。
この 1stと2ndの減り方は
乗り方でも変わってきます
穏やかに発進する時
まず、
クラッチカバーが1stディスクをミッドプレートに押しつけて摩擦が始まるから
1stディスクから摩耗が進行します。
さらにクラッチペダルを戻してくると
1stディスクに押されたミッドプレートが2ndプレートをフライホイルに押しつけて
ツインプレートでの伝達が開始されるわけです
つまりは
構造上1stディスクが早く摩耗するのは仕方がないんです。
で、このディスク板の厚みが
なぜペダル操作の重さに影響するのか?
クラッチは
フライホイルに対して
クラッチカバーでクラッチ板を抑え付けて摩擦伝導しているわけですが
この、クラッチカバーには
大きな皿バネが使われています。
一般的に
「ダイヤフラムスプリング」と呼ばれているけど
皿状のバネを使って
クラッチ板をフライホイルに押しつけているわけです。
ダイヤフラムもバネだから
セット前のフリーな状態があって
これを組み立てて押さえつけた時のセット時があるわけで
ためしに
クラッチカバー単体でのダイヤフラムのセット高さを測ってみると
カバー面から19ミリでした。
これに 新品クラッチ板を使ったフル新品状態で組み立ててみると
ダイヤフラムのセット高さは7.5ミリになりました。
19ミリの皿バネを7.5ミリまで圧縮した状態が
新品のセット状態となるわけです。
今回取り外した走行65000キロ分消耗したクラッチを同様に測ってみると
ダイヤフラムのセット高さは13.5ミリでした。
この差というのはもちろん
ディスク板とフライホイル摩擦面などが消耗した分
ダイヤフラムスプリングが皿形に戻っているわけです。
(まあ、この数値は新品と中古の差もあるでしょうけど)
バネが戻ると言うことは
抑えている力も弱くなると言うことで
ディスクにかかっている面圧も弱まっていることになり
伝達力は落ちていて
パワーでクラッチは滑りやすくなるので
新品時に比べると 今後消耗は加速していくことになります。
では
セット力が下がっているのになぜペダル操作が重くなるのか?
それが
テコとレバーの効率というわけで
レバーというのは
支点の延長棒を直角に引くのが最も効率が良くて軽く動くわけです。
クラッチのダイヤフラムスプリングは
写真には写していないけど
真ん中にレリーズベアリングがあって
このベアリングで ダイヤフラムの中心部を引っ張って
ダイヤフラムのセット力を無くすことで
クラッチ板がフライホイルから離れ クラッチが切れることになります。
ということは
ディスク板が減って
ダイヤフラムスプリングが大きく皿形に変形している状態を
ベアリングで引っ張って戻すわけだから
支点の延長に対する角度がついてくる。
つまりは力の効率が落ちるわけです。
重たいドアの前に立っている自分をイメージしてみましょう
閉じたドアを真っ直ぐ押して30度開けるのは軽く開くけど
同じ立ち位置から
45度開いているドアをさらに30度開けようと思ったら
より大きな力が必要ですよね。
中学で習った力のベクトルというヤツです。
実は同様のことが
ミッションのレリーズシリンダーとレリーズフォークの接点でも起きています。
メーカーは当然
新品クラッチの厚み時のダイヤフラムのセット高さで
リンクの効率が最適になるよう設計しているでしょう。
クラッチ板が摩耗して
ダイヤフラムのセット高さが変わってくると
それは
設計された様々なリンクの理想値から外れてくるわけで
ペダルを踏む操作力の伝達効率が悪くなり
それが
ペダル操作の重さになって体感されるわけです。
クラッチの消耗は徐々に進行していくので
自分のクルマが
どの程度 クラッチが消耗しているのかというのは
なかなか気付きにくいものなんです。
今回のオーナーさんも
言われるまで全く気にしていなかったんですが
上記を説明したところ
なるほど では、是非新品フィーリングを味わってみたい!
ということで
クラッチ交換の依頼となりました。
私も そうは言ったけど
正直 どのくらい変わるかな・・変化を分かってもらえるかな・・
と思いつつ交換作業を行って
クラッチを踏んでみて
劇的にペダル操作が軽くなっているのにちょっと感動。
これならオーナーも満足してくれるだろう。
と思って納車してみると
オーナーさんが運転席に座り
クラッチを踏んだ瞬間の驚きの表情は忘れませんね。
「え!?」と驚いて
そのあと笑い顔になります。
そんなに変わるんです。
ペダルを踏んだ時の滑らかな軽さと
半クラッチでクルマが動き始める時の滑らかさ。
フライホイルまで含めたフル交換は
費用もかさむんだけど
摩擦面が全て新品状態になるから
フル新品ならではの
滑らかなクラッチフィーリングが戻ります。
それにしても
NSXは他のクルマに比べて
クラッチ操作の重さに関して個体差が大きいです。
考えられるのは
あの、ツインプレートの構造もあるんじゃないかな・・と思う。
NSXのツインプレートクラッチでも
普通のシングルプレートクラッチでも
ディスク板の厚みというのはそれほど変わらないし
摩耗の限度値というのも同じ位なんです。
クラッチ板が直列に2枚あると言うことは
摩耗した際の厚みの変化は2倍と言うことになるわけで
それはつまり
ダイヤフラム高さの変化も大きくなるわけで
これが
マルチプレートクラッチの弱点だったりもします。
NSXの純正クラッチは
フル新品の時は
ペダル操作がすごく軽いのに
距離を重ねると けっこうな変化量でペダル操作が重くなっていきます。
もちろん
クラッチの消耗というのは
距離だけじゃなく
使用頻度や扱い方で大きく変わるわけで
これが
NSXのクラッチ操作力の個体差の激しさになっているんでしょうね。
余談だけど
OSツインみたいな
メタルツインプレートクラッチでは
ディスク消耗に伴うペダル操作力の激変はないんです。
それはなぜかと言えば
元々ディスクの厚みが薄くて新品でも4ミリ程度で
摩耗限度が1ミリくらいしかないんです
ツインプレートだから 末期までの厚み変化は2ミリ程度で
だから
滑るまで使っても 意外にペダル操作力は変わらないんです。
これがNSX純正ツインだと
摩耗限度まで減ると2枚で5ミリ程度の変化になるわけで
ダイヤフラムのセット高さの変化が大きいわけで
それゆえに ペダルの操作力の変化が大きいんでしょう。
じゃあ
摩耗限度が1ミリ程度しかないメタルは短寿命なのかといえば
メタルは摩擦係数が高いので
滑りが少なく減りも少ないので
意外に寿命は長いんです。
でも、摩擦係数が高いと言うことは
半クラッチが狭かったりジャダーが出やすかったりするデメリットもあるし
万人向けとはいえないから
まず、純正採用はされないわけです。
そんなわけで
NSXでのクラッチ交換は
単に
滑りが生じたから行う・・と言うだけじゃなく
ペダル操作の軽さを含めて
新車コンディションを求めて行う一面もあるんです。